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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)93号 判決

原告

株式会社リコー

右代表者

浜田広

右訴訟代理人弁理士

今誠

樺山亨

被告

特許庁長官宇賀道郎

右指定代理人

石井康夫

外二名

主文

特許庁が、昭和五八年二月七日、同庁昭和五六年審判第一五八七二号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年三月二五日、発明の名称を「一眼レフレックスカメラの測光情報表示装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許法第四四条第一項の規定による特許出願(原特許出願は、昭和四八年一月二九日出願の昭和四八年特許願第一二二六九号)をし、昭和五五年三月一一日、出願公告(昭和五五年出願公告第九六九〇号)がされ、その後特許異議の申立てがあり、同年一二月八日、本願発明の明細書の特許請求の範囲について補正(以下「本件補正」という。)をしたが、昭和五六年四月二二日、右特許出願について拒絶査定を受けたので、同年八月六日、右拒絶査定に対する不服の審判を請求した(昭和五六年審判第一五八七二号)ところ、特許庁は、昭和五八年二月七日、本件補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年五月七日原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲

1  本件補正前

ファインダー光路内に配置されていて撮影レンズを透過した光を測光するための受光素子と、ファインダー光路内にあつて測光値を表示するための発光表示素子とを有する一眼レフレックスカメラにおいて、ファインダー内において、上記測光値を発光表示する上記表示素子の輝度を、上記撮影レンズを透過する光量に応じて、明るい場合には明るく、暗い場合には暗く変化させる上記発光表示の輝度制御回路を具備したことを特徴とする測光情報表示装置。(別紙図面参照)

2  本件補正後

ファインダー光路内に配置されていて撮影レンズを透過した光を測光するための受光素子と、ファインダー光路内にあつて測光値を表示するための発光表示素子とを有する一眼レフレックスカメラにおいて、ファインダー内において上記測光値を発光表示する上記表示素子の輝度を、上記受光素子の出力情報により上記撮影レンズを透過する光量に応じて、明るい場合には明るく、暗い場合には暗くなるように段階的に変化させる上記発光表示の輝度制御回路を具備したことを特徴とする測光情報表示装置。

三  本件審決理由の要点

1  本件補正について却下の決定がされたので、本件補正前の本願発明の明細書及び図面の記載からみて、本願発明の要旨は、前項1記載のとおりであると認められるところ、本願発明の特許出願前の特許出願であつて本願発明の特許出願後に出願公開(特開昭和四九―六四四二六号)された特願昭四七―一〇四九二四号の願書に最初に添附した明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、その第一図にみられるとおり、一眼レフレックスカメラにおいて、レンズを透過した光を測定する光電素子をカメラ内に配設し、ファインダー内に配置した測光値等を表示する発光素子よりなる表示体の輝度を、上記光電素子の出力によりレンズを透過する光量に応じて、比例して制御する発明が記載されているものと認められる。

2  本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明において、表示体の輝度をレンズを透過する光量に応じて比例して制御することは、ファインダー内が明るい場合には表示体の輝度が明るく、暗い場合には暗く変化させることとなるものと認められるから、両者の差異は、レンズを透過した光を測定する受光素子(光電素子)を配置すべき場所が、本願発明はファインダー光路内であるのに対し、引用例記載の発明はカメラ内であるという点だけにあるものと認められ、他に格別の差異は認められない。しかしながら、引用例記載の発明におけるカメラ内ということは、ファインダー光路内を当然に予定しているものと認められるから、この点をもつて両者に差異があるものとすることはできない。

3  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明と同一であり、しかも、本願発明の発明者が引用例記載の発明の発明者と同一であるとも、また、本願発明の特許出願の時において、その出願人が引用例記載の発明の特許出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件補正却下決定は、本件補正は特許法第六四条第一項ただし書き各号に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないとして、これを却下すべきものとしたが、その判断は誤つており、本件補正は許されるべきものであつて、本件補正却下決定を前提として、本願発明の要旨を本件補正前の特許請求の範囲の記載のとおりと認定した本件審決は、本願発明の要旨の認定を誤り、その結果、本願発明と引用例記載の発明との対比において、本願発明をもつて引用例記載の発明と同一であるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の「上記表示素子の輝度を、」と「上記撮影レンズ」との間に「上記受光素子の出力情報により」との文言を、「暗い場合には暗く」と「変化させる」との間に「なるように段階的に」との文言をそれぞれ加入する補正をしたものであるが、本件補正却下決定は、本件補正による明細書においては、「受光素子の出力情報」の意味するところが不明瞭であり、これを特許請求の範囲に加入する点は、特許法第六四条第一項ただし書き各号に掲げる事項のいずれをも目的とするものではない旨認定判断したものである。しかし、「上記受光素子の出力情報により」の文言を加入したのは、「上記表示素子の輝度を、」とその後に続く「上記撮影レンズを透過する光量に応じて……変化させる」との関係をより明確にするためであつて、本件補正は、特許法第六四条第一項ただし書き第三号所定の「明瞭でない記載の釈明」に当たるものであるところ、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載によれば、右の「受光素子の出力情報」が「受光素子の電気出力」を意味するものであることが明らかである。すなわち、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「受光素子8の受光した光電変換出力」(甲第三号証の特許出願公告昭五五―九六九〇号特許公報(以下「本件公報」という。)第二頁第四欄第六、第七行)、「記憶部がデジタル方式の場合には、記憶部に発振パルスがゲートを介して注入せられて抵抗値置換または定電流値置換によつて受光素子8の光電変換量が記憶される。」(本件公報第二頁第四欄末行ないし第三頁第五欄第三行)、「受光素子8の測光値を記憶要素に置換するのであるが、この場合、D―A変換器19に固定記憶される内容はシャッタースピード値等の測光情報値、そのものである。従つてD―A変換器19の記憶内容は受光素子8の測光値であり、この記憶内容はその都度変化するものである。」(本件公報第四頁第八欄第二七行ないし第三三行)、「ランプ等の表示部材14に導けば、その発光光量は記憶内容に応じて変化するので、被写体の明るさに応じて表示部材14の光量を自動的に制御することができる。」(本件公報第四頁第八欄第三八行ないし第四一行)、「表示部材の発光光量も被写体の明るいときには、明るくまた暗いときには暗く、自動的に制御することができるので、人間の瞳に対する悪影響を除去しうると共に低輝度時の測光精度を向上させることができて、まことに好都合な測光情報表示装置を提供することができる。」(本件公報第五頁第九欄第一行ないし第七行)旨記載されており、右記載内容によれば、「受光素子の出力情報」の文言が、右の「受光素子8の受光した光電変換出力」及び「受光素子8の光電変換量」等の「受光素子の電気出力」を意味することが明白である。

また、昭和五六年一一月一日朝日ソノラマ発行の「カメラレビュー一一月号」(甲第七号証)には、「受光素子からの被写体輝度の信号はAD変換器によつてデジタル量に変換され」(第八八頁中欄第二四行ないし第二六行)、「SPDやGPDを受光素子に用いた場合にはこれらの素子が明るさによつて抵抗が変わるCdSとは異なり、明るさによつて電流が変わる電流源的な性格を持つているので様子が異なつてくる。」(第九二頁左欄第四三行ないし第四七行)、「コンデンサーに信号を記憶させるためには、受光素子の出力信号を電圧の形に変換する必要があり」(第九二頁中欄第四七行ないし第五〇行)、「CdSの抵抗値の変化はCdS両端子間の電圧変化となつて記憶コンデンサーに加えられる。」(第九二頁中欄第五七行ないし第五九行)旨記載されており、右記載によつても、本件補正によつて本願発明の特許請求の範囲に加入した「受光素子の出力情報」の文言が、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項に記載されている「受光素子8の受光した光電変換出力」及び「受光素子8の光電変換量」等の「受光素子の電気出力」を意味することが明らかである。更に、昭和五三年二月二八日電波新聞社発行の「最新電子部品ハンドブック」(甲第八号証)には、「受光素子」とは、「入力が光で、出力が電気である素子を受光素子と呼ぶ。」(第三二九頁)旨定義されており、また、昭和四七年五月一日光学工業技術研究組合発行の「光学技術一九七二年度版」(甲第九号証)には、カメラ用「受光素子」として、光電現象の中でも光エネルギーの照射により起電力の発生する光起電力効果を利用した光電池や物質内のキャリア濃度が変化して電気抵抗が減少する光導電効果を利用した光導電セルが主として使用されている旨記載されており、右記載によつても、前記「受光素子の出力情報」が「受光素子の電気出力」を意味することは明らかである。

なお、本願発明の願書に添附した図面中第8図の実施例は、本件補正却下決定の認定するとおり、「受光素子に生ずる電圧により、ピントグラスの明るさ、すなわち、撮影レンズを透過する光量、に応じて表示部材の輝度を制御するものということができる。」ものであるところ、本件補正却下決定は、右認定に続いて、「この場合、「受光素子に生ずる電圧」と「受光素子の出力情報」とは同義とは認められず」と認定しているが、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、右の第8図の実施例について、「第8図に示すように受光素子8に生ずる電圧を、作動電位がそれぞれ異なる複数個のシュミット回路Su1〜Su3に印加し、その電圧変化を、このシュミット回路Su1〜Su3で検出し、この検出された電位をシュミット回路Su1〜Su3にはそれぞれ接続された定電流源I1〜I3を介してランプ等の表示部材14に導くようにしたものである。上記各シュミット回路Su1〜Su3の作動電圧の設定値は前以つて適当に選定されている。このようにすれば、被写体が明るいときには、すなわちピントグラスが明るいときには、受光素子8の抵抗値が低く電圧降下は小さく、これを検出したシュミット回路によつて表示部材14を明るく発光させることができ、また被写体が暗いときには抵抗値が高く電圧降下分は大きく、この電位を検出したシュミット回路により表示部材14を暗く発光させることができ、被写体の明るさに対応して表示部材14の発光量を自動的に制御することができる。」(本件公報第四頁第八欄第三行ないし第二一行)と記載されており、右記載によれば、「受光素子8」は光の明暗により抵抗値が変化するものであるから、右の「受光素子8に生じる電圧」は、「受光素子の電気出力」である「受光素子の出力情報」と同義であることが明らかである。また、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「第9図に示す手段は、特にデジタル量で測光値が記憶される場合に有効である。」(本件公報第四頁第八欄第二二、第二三行)と記載されており、右記載によれば、本件補正却下決定の認定のとおり、「第9図の実施例は、デジタル量で測光値が記憶される場合である」ところ、本件補正却下決定は、右認定に続いて、「この場合、表示部材の輝度の制御に用いられる記憶内容は、シャッタースピード値等であり、これは、フィルム感度や絞り値等によりその都度変化するものであるから、受光素子の出力と対応するものではない。」と認定しているが、フィルム感度や絞りは、例えば、第4図にあるように「設定値」であり、この「設定値」は、通常の撮影においては、予め設定されているものであつて、変化するものではないので、第9図の実施例の測光値は、受光素子の出力と対応しているのである。被告は、シャッタースピードの場合は、受光素子の出力電圧値にフィルム感度値や絞り値を加味して演算された結果の値であり、「受光素子の出力電圧」と対応するものではない旨主張するが、カメラにおいて、フィルムに対する露光量は、受光素子の出力電圧により決定されるものであり、その他の条件であるフィルム感度や絞りも必要露光量の決定に関与するものではあるが、絞り優先のカメラでは、「受光素子の出力電圧」は、シャッタースピードと対応していることは明らかであり、また、「受光素子の出力電圧」に対応するライトバリュー値により、絞り、シャッタースピードが相対的に規定されるものであるから、一つの要素が決まれば、他の要素は受光素子の出力電圧に対応するものであることが明らかである。

別紙図面

第1図

第4図

第8図

第9図

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は相当であり、原告主張のような違法の点はない。すなわち、

1  原告は、本件補正によつて本願発明の明細書の特許請求の範囲に加入した「受光素子の出力情報」の文言が、「受光素子8の受光した光電変換出力」及び「受光素子8の光電変換量」等の「受光素子の電気出力」を意味することは、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載上明らかである旨主張する。しかし、右の「受光素子の出力情報」が、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載上、原告の例示する「受光素子8の受光した光電変換出力」及び「受光素子8の光電変換量」以外に何を含むのか明らかでなく、また、「受光素子の電気出力」と同じ概念であるとする根拠もない。原告は、右の「受光素子の出力情報」の文言をもつて、右の「受光素子8の受光した光電変換出力」、「受光素子8の光電変換量」や「受光素子の出力電圧」等の用語と同義である旨主張するが、右主張は、明細書のどこをとらえるかによつて「受光素子の出力情報」の意味が相違することを表明するものであつて、原告の主張からは、「受光素子の出力情報」の文言がどのような概念であるかは明らかでないといわなければならない。なお、原告は、右主張の一つの根拠を示すものとして、甲第七号証を引用するが、甲第七号証は、本願発明の原特許出願日である昭和四八年一月二九日から八年も経過した昭和五六年一一月一日に発行された刊行物であつて、これをもつて原告の主張を根拠付けることはできない。

2  本願発明の願書に添附した明細書及び図面中第8図の実施例についての記載のみから、同実施例における「受光素子8に生じる電圧」と「受光素子の電気出力」である「受光素子の出力情報」とが同義であるとはいえず、また、たとえ「受光素子8に生じた電圧」が「受光素子の出力情報」に含まれるとしても、そのことのゆえに両者が同義であるということもできない。また、本願発明の願書に添附した図面中第9図の実施例の場合に記憶されるのは、「シャッタースピード等の測光情報値」であるところ、シャッタースピードは、受光素子の出力電圧値にフィルム感度値や絞り値を加味して演算された結果の値であるから、右実施例における測光値は「受光素子の出力電圧」と対応するものではない。この点について、原告は、フィルム感度や絞り値は「設定値」であり、通常の撮影の場合には変化するものではない旨主張するが、フィルム感度はとも角、絞り値は、撮影の都度、適宜に選択されるものであり、例えば、ライトバリュー9において、絞り値を1.4から16の範囲で選択すると、シャッタースピードはからという一二八倍もの範囲で変化するものであつて、絞り値の選択によつてライトバリューが大きくなつても、決められるシャッタースピードが必ずしも小さくならず、それと反対の結果となることも明らかであり、シャッタースピード値は、受光素子の出力電圧と対応するものではない。更に、この点について、原告は、絞り優先のカメラでは、「受光素子の出力電圧」は「シャッタースピード」と対応する旨主張するが、本願発明が絞り優先のカメラに限られるとする根拠はなく、また、仮にそうであるとしても、「絞り優先」とは、撮影者が任意の絞り値をセットすると、絞り値と明るさに応じてシャッタースピードが決定されるものであるから、絞り値は、撮影の都度適宜にセットされ、一定ではなく、ある明るさに対して採り得るシャッタースピードは、広範囲にわたり、明るさ、すなわち、受光素子8の出力電圧と対応するということはない。

原告は、「受光素子の出力情報」を第8図の実施例における「受光素子に生ずる電圧」及び第9図の実施例における「シャッタースピード等」と対応させようとしているが、特許請求の範囲における「受光素子の出力情報」の文言の意味を実施例のみに限定して解釈すべき根拠はない。

第四  証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件補正前及び本件補正後の本願発明の特許請求の範囲の記載並びに本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二そこで、原告主張の本件審決の取消事由の有無について、以下判断する。

前記本願発明の本件補正前及び本件補正後の特許請求の範囲並びに〈証拠〉(本件公報)によれば、本願発明は、一眼レフレックスカメラにおいて、ファインダー内に表示される測光情報の発光表示のための表示輝度を被写体の明るさに応じて自動的に変化させる測光情報表示装置に関するものであるところ、一眼レフレックスカメラは、撮影像と実質的に同じ像をファインダーから見ることができる特徴をもつており、シャッタースピード値や絞り値等の露光因子を自動的に適正に決定するには、ファインダー光路中に受光素子を配設し、前もつて撮影光を測光し、これによつて露光因子を適正にすればよく、この方法はT、T、L(スルー、ザ、レンズ)測光方式として知られているものであるが、このカメラに電気シャッターを適用する場合には、可動反射鏡が撮影光路から退避する直前の測光値を記憶回路によつて記憶しておき、この測光値によりシャッター秒時を決定するのであり、この測光値の記憶手段としては、受光素子にCdSを用い、光量に対するCdS電圧を対数圧縮してコンデンサーに記憶し、ミラーアップ時にこれを再び対数伸張してシャッターを駆動するようにしたアナログ方式と、受光素子にアナログ量で入射する光量をパルスで計数して、これをデジタル量にして抵抗価値置換型又は定電流値置換型の記憶回路に記憶しておき、ミラーアップ時にこれをデジタルーアナログ変換器(D―A変換器)を通じて取り出してシャッターを駆動するようにしたパルス置換型と称されるデジタル方式とがあり、そして、右の測定値は、何らかの形で撮影者に表示されることが望ましいが、電気シャッターを採用した一眼レフレックスカメラにおいては、自動的にシャッター秒時が決定されて、これに基づいて撮影が行われてしまい、撮影者は、シャッターが高速で切れるのか、低速で作動するのか判断がつかないので、シャッターが作動する直前に、自動的に決定されたシャッター秒時等の測光情報がファインダー光路内に表示されると非常に有利となるところから、本願発明は、ファインダー光路内に測光情報を発光表示するに当たり、その発光表示を被写体が明るいときには明るく、暗いときにはそれに応じて暗く表示する、被写体の明るさに応じて発光量が変化する測光情報表示装置の提供を目的として、本件補正前の特許請求の範囲の構成を採用したものであるところ、本件補正は、「測光値を発光表示する上記表示素子の輝度を、上記撮影レンズを透過する光量に応じて、明るい場合には明るく、暗い場合には暗く変化させる」のが「受光素子の出力情報」によるものであることを明瞭にするために、本件補正前の特許請求の範囲の「上記素子の輝度を、」と「上記撮影レンズ」との間に「上記受光素子の出力情報により」の文言を加入したものであることが認められる。ところで、〈証拠〉によれば、本件補正によつて本願発明の特許請求の範囲の項に加入された「受光素子の出力情報」の文言は、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、その記載がなく、また、その定義もされていないが、その文言に照らすと、受光素子の出力に関連するものであることは明らかであるところ、前認定のとおり、本願発明の「受光素子」は、一眼レフレックスカメラにおける撮影レンズを透過した光を測光するためのものであり、〈証拠〉(昭和四七年五月一日光学工業技術研究組合発行の「光学技術一九七二年度版」第一〇〇頁)によると、右のようなカメラに用いられる受光素子としては、光電現象の中でも光エネルギーの照射により、起電力の発生する起電力効果を利用した光電池(例えば、Se光電池)や電気抵抗が減少する光導電効果を利用した光導電セル(例えば、CdS光導電セル)などがあり、これによつて、光エネルギーに応じた出力は、電圧又は電気抵抗の変化として表わすことができるものと認められ、また、〈証拠〉(本件公報)によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明の実施例として、受光素子に右のうちのCdSを用い、その出力を、「光電変換出力」、「光電変換量」、「測光値」などと表現し、あるいは「CdS電圧」、「CdSの測光抵抗」、「抵抗による電圧」、「測光抵抗値」、「電圧」などと表現しており、その表現は多様ではあるが、いずれも電気的なものであるから、右の受光素子の出力は、「電気出力」の語をもつて表現することができるものと認めるのが相当である。そして、前認定の本願発明の目的及び受光素子の機能並びに前記本願発明の本件補正前及び本件補正後の特許請求の範囲によれば、本願発明においては、撮影レンズを透過した光を測光するための受光素子の測光値は、これを発光表示素子に表示し、その発行表示素子の輝度を、撮影レンズを透過する光量に応じて、明るい場合には明るく、暗い場合には暗くなるように段階的に変化させる、というものであるところ、右の光量は、受光素子により測光されるものであり、その測光値は右の光量に応じて変化するものであつて、右の輝度は、受光素子の測光値、すなわち前認定の電気出力によつて変化するものということができるから、本件補正によつて本願発明の本件補正前の特許請求の範囲に加入された「上記受光素子の出力情報により」の文言は、「上記受光素子の電気出力により」と同義であると解するを相当とし、本件補正により特許請求の範囲の記載が明瞭にされたものということができる。もつとも、「情報」という語それ自体は、その意味するところが必ずしも明確なものであるとはいえないが、本願発明における受光素子の出力としては、前認定のとおり、電気的なものしかあり得ないのであるから、本件補正後の本願発明の特許請求の範囲中の「受光素子の出力情報」の語を「受光素子の電気出力」と解することに妨げがあるとは認められない。被告は、受光素子の「出力情報」の語が「光電変換出力」、「光電変換量」、「出力電圧」等の語と同義であるとすれば、明細書のどこをとらえるかによつて「受光素子の出力情報」の意味が相違することになるから、「受光素子の出力情報」の概念は明らかでない旨主張するが、本願発明の明細書の記載上、右の多様な用語がいずれも「電気出力」を意味し、これを「出力情報」と表現し得ることは、前説示のとおりであるから、被告の右主張は、採用することができない。

次に、叙上の点に関し、本件補正却下決定が、本願発明の願書に添附した明細書及び図面中第8図の実施例の説明にある「受光素子に生ずる電圧」は「受光素子の出力情報」と同義とは認められず、また、同図面中第9図の実施例の場合において、表示部材の輝度の制御に用いられる記憶内容をなすシャッタースピード値等は受光素子の出力と対応するものでないことから、受光素子の出力情報の意味は不明瞭である旨説示する点について検討するに、〈証拠〉(本件公報)中第四頁第八欄第三行ないし第二一行に記載の第8図の実施例の説明及び第8図に図示されているところによると、右の記載中「受光素子8に生じる電圧を、作動電位がそれぞれ異なる複数個のシュミット回路Su1〜Su3に印加し」(本件公報第四頁第八欄第三行ないし第五行)というのは、受光素子8の両端に生じる電圧そのものをシュミット回路Su1〜Su3に印加するというものではなく、受光素子8と直列に接続された抵抗の両端間にシュミット回路Su1〜Su3、定電流源I1〜I3、表示部材14が接続されており、これにより、被写体が明るいときには、受光素子8の抵抗値が低く、したがつて、その両端に生じる電圧降下は小さく、右抵抗の両端の電圧降下が大きいから、表示部材14を明るく発光させ、また、被写体が暗いときには、右と逆になつて、表示部材14を暗く発光させるものであり、この点を換言すると、受光素子8の両端に生じる電圧降下を直接シュミット回路Su1〜Su3に印加するのではないが、被写体の明るさに応じて受光素子8の抵抗値が変わつて、その両端に生じる電圧降下も変わり、その結果として、右の電圧降下の変化に応じて、受光素子8に直列接続された抵抗の両端の電圧降下も変わり、表示部材14の発光の明暗を制御することになるものであり、結局、「受光素子8に生じる電圧降下」により、撮影レンズを透過する光量に応じて表示部材14の明るさが制御されるものと認められるうえ、受光素子8に生じる出力としては、右の電圧降下に相当する電圧以外には存在しないのであるから、第8図の「受光素子8に生じる電圧」は、「受光素子の電気出力」ということができるものというべきであり、これを「受光素子の出力情報」と表現することができることは、前説示のとおりであるから、結局、「受光素子8に生じる電圧」と「受光素子の出力情報」とは同義であるというを妨げないものといわなければならない。被告は、たとえ「受光素子8に生じる電圧」が「受光素子の出力情報」に含まれるとしても、そのことのゆえに両者が同義であるとはいえない旨主張するが、本願発明の明細書においては、前説示のとおり、「受光素子8に生じる電圧」の語も、「受光素子の電気出力」を意味するものとして用いられており、これを「受光素子の出力情報」の語で表現することができるのであるから、被告の右主張は、採用の限りでない。

更に、本願発明の願書添附の図面中第9図記載の実施例についてみるに、〈証拠〉(本件公報)によると、右第9図については本件公報第四頁第八欄第二二行ないし第四一行に説明されていることが認められるところ、右説明とこれに関連する本件公報の記載(特に、第二頁第四欄第四三行ないし第三頁第五欄第二二行、第三頁第六欄第一六行ないし第二九行及び同頁同欄第三四行ないし第四頁第七欄第六行)及び図面並びに前認定のとおり受光素子の抵抗値が被写体の明るさに応じて変化することとを総合すれば、受光素子8による測定値は、被写体の明るさに応じた受光素子8の抵抗値に変換され、これと等価な抵抗値として記憶回路17ないしD―A変換器19に記憶され、この記憶値に応じた明るさに表示部材14を発光させることができるものであり、この場合、受光素子8であるCdSの出力(測光抵抗)にD―A変換器19の等価抵抗が等しくなつたとき作動してゲート回路18を閉成する役目をする比較器20には、フィルム感度及びF値等が設定されているため、受光素子8の測光値は、右のフィルム感度及びF値等を考慮したものであるが、第9図の実施例において採用されている測光方式は、フィルム感度及びF値、すなわち絞り値が予め設定されているところのいわゆる絞り込み測光方式と認められる(なお、被告主張のとおり本願発明が絞り優先のカメラに限定されないことは、本件補正前の本願発明の特許請求の範囲に徴し、明らかであるが(例えば、前記第8図の実施例は、全面開放測光方式である。)、第9図の実施例については叙上認定のとおりである。)ので、記憶回路17ないしD―A変換器19に、抵抗値に置換されて記憶されている受光素子8の測光値は、被写体のある一定の明るさにおいても、フィルム感度及びF値等に応じたものとなることは明らかであるけれども、右のフィルム感度及びF値等の設定値は一度設定されると変わることがなく、したがつて、受光素子8の測光値は、フィルム感度及びF値等が設定されている限り、シャッタースピードのみを選定するための因子となるものであるから、結局、受光素子8の測光値は、シャッタースピードに対応したものということができる。そして、この場合の受光素子8の測光値は、前認定のとおり、抵抗値に置換されて記憶されているのであるが、受光素子8の出力とD―A変換器19の出力とは、電圧をもつて対比されるものである(本件公報第三頁第五欄第二二行ないし第二六行)から、電圧をもつて出力されているものと認められ、したがつて、受光素子8の測光値がシャッタースピードに対応しているということは、受光素子8の出力電圧、すなわち電気出力がシャッタースピードに対応していることを意味するものといえる。してみれば、第9図の実施例においては、受光素子8の出力電圧、すなわち電気出力は、シャッタースピードに対応したものとして、「受光素子の出力情報」といつても差し支えがないものといわざるを得ない。なお、被告は、絞り値は撮影の都度適宜に設定され、一定ではなく、ある明るさに対し採り得るシャッタースピードは、広範囲にわたり、明るさ、すなわち受光素子8の出力電圧と対応するものではない旨主張するが、前示のとおり、第9図の実施例においては、絞り込み測光方式を採用したものであるところ、この方式においても、受光素子8の出力は、被写体の明るさに応じて変わるのであるから、表示部材14の明るさは、フィルム感度及び絞り値を考慮した状態での被写体の明るさに対応したものとして制御されているものと認められるのであり、したがつて、被告の右主張も、採用し得ない。

以上によれば、本願発明の本件補正前の特許請求の範囲に「上記受光素子の出力情報により」の文言を加入した本件補正は、適法なものとして許されるべきものであるから、本件補正却下決定は違法というべきところ、本件審決は、これを前提として、本願発明の要旨を本件補正前の特許請求の範囲のとおりと認定したものであるから、要旨の認定を誤つたものというべく、右の誤つた本願発明の要旨と引用例記載の発明とを対比して、本願発明をもつて引用例記載の発明と同一であるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。

(結論)

三よつて、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武居二郎 裁判官杉山伸顕 裁判官清永利亮)

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